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「自分に正直に生きよ」その後

過去記事の抽出、その以下が本日雑感。

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2019.8.2

読了してからずっと「自分の人生を生きているか」についての自問自答が続いている。出来てないから自問自答しているんだろうあの時も今も多分明日も。

 

後悔している。

「記録」が苦しくて【ほぼ日5年日記】を2年目半ばにして捨ててしまったことを。どうしても昨年の自分に日記で会うことが、嫌だった。「そんな意気揚々してて・・入院しまっせ・・」入院した昨年と同じ頃までのカウントダウンみたいで。三日三晩、咳発作が止まらずずっと短距離走しているみたいに苦しかった。もう、あれは嫌だ。同時期に、信頼している人・仕事のふるい分けが鮮明になった。

 

これからなら、今と未来の自分という読者のために、記録したいなと思える。それも変化していくんだろうか。自分じゃない他のせいだと、言い訳しないようにありたい。ひろのぶ氏が言うように、孤独こそ我が身を研いで生きる手段。我が子たちが無事に巣立つまでの親の役目を全うし、名誉ある孤独を勝ち取るのだ。

 

読みたいことを、書けばいい。 人生が変わるシンプルな文章術

読みたいことを、書けばいい。

 

当時は思いもよらなかった新型コロナウイルスの世界的脅威。働き方、働くの在り方、子供は将来へ向けた勉学の在り方、掻き回されること不可避な日々です。

 

このブログでの自分の立ち位置が、目的を果たさなくなり「何のために記録するのか」ですっかり止まったまま。このままで良いが、自分も振り返りたくない過去の記録を残す必要があるだろうか、スッパリ削除しようか、思い立っては放置、の繰り返し。

 

書きたいこと(描きたいこと)は今も残せそうにありません。過去の自分を労ってこそ我が人生を全うすることだと理解はしているのですが、過去のどの場面にも居場所はなくて「今」だけあればそれで良い。当時より大きな一歩は、2度目書くけど、生命保険に入ったことだ。病や死を望んでいるのでは毛頭なくて、心から安心して生きていける。子供が自分の道を開けるまで。

 

学校の再登校が来月から始まる。日常に戻るべきなのだが、学校へ行きたくない娘とどう向かっていくかも、試練の予感。ただ、私なりに思うのは当人の力を信じること。当人が自らを大事にする生き方を最優先に支えてあげること。

 

とにかく、笑う母でありたい。だから笑って仕事して心が寂しくなる。

長女が焼いてくれたクッキーの後味が口の中に香っている。そんな中でこれを書いている。