memorandum

逆さま思考な備忘録_φ( ' ' )

人生カウントダウン

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読了しました。

改めて、最後の家族旅行となったニューオリンズでの出来事、旅行前に自身で購入し慣らし試乗していたコンパクトな折りたたみ車椅子が、空港でロストバゲージしてしまい現地で調達したアメリカンサイズの車椅子で移動したこと、シュガーボウル観戦の座席まで階段が自力で登れなくて、現地の方達が竹田圭吾を担いで観戦エリアまで手助けしたことなど、...病室で迎えた最期の家族とのやりとり、...ロストバゲージした車椅子が、亡くなってから数日後に届いたことなど。

 

本書を読まなければ知らなかったことは、全て泣かずはいられなかった。

 

竹田圭吾が、ジャーナリストやコメンテーターとして活躍するきっかけであるニューズウィーク日本版の編集長である、更にその前。新卒で編集記者をしていたタッチダウンアメリカンフットボール専門誌)での仕事振りや、奥様は同期だったということを今更に知った。好意を寄せてから告白するまで仕事中心だったとは言え2年かかっていること、告白も「手紙」で「郵送」だったことなど...竹田圭吾が誠実ある人物であったルーツを知ることともなり、本書読み終えた読後感は、なおいっそう惜しい人がジャーナリズムから去ったと思い、非常に寂しくなった。正月明け報道番組を何度か観てみたが、コメンテーターが放つコメントは竹田圭吾がタブーとするそればかりで大層つまらない。映像を見て誰もが感じる感想をそのまま述べているだけだ。不快ですぐテレビを消してしまう。

 

寂しいです、竹田圭吾さん。

 

ネタバレな本のレビューを読まずに【コメントする力】の後に追読したのだが、最終章の「一通の手紙」を読むまで、「100万回言っても、言い足りないけれど」の言葉は奥様である裕子さんが、夫である圭吾さん宛への言葉だと思っていた。逆だったのだ。

 

一回目の手術前夜に、妻に宛てた遺言だったのだ。

 

「ありがとう、ありがとう...100万回言っても言い足りないけれど。感謝しています。またいつかどこかで会おうね。ほんとうにありがとう。」

一〇〇万回言っても、言い足りないけど: ジャーナリスト竹田圭吾を見送って

一〇〇万回言っても、言い足りないけど: ジャーナリスト竹田圭吾を見送って

 

 

竹田圭吾リテラシーを、社会のどこかでもう一度感じたい...。

そう思っていたのだが、

今日、意外と身近な所で竹田圭吾が言っていた言葉を聞けた。

嬉しくて、祝辞中だというのにメモを走らせてしまった。

 

札幌市母子寡婦福祉連合会の新年の集いで、連合会理事長の主催者あいさつにて、それを聞けたのだ。一節を要約すると、

「現代の子供達は、かつての産業革命、IT革命を生きた若者に比べてAI革命の時代に入り、これまで10年や5年で変異してきたかつてより早く、3年、これからはもっと早く変化する情報時代の中で生きている。スマホが普及してから、情報はたくさん入るのだけれども、どれも自分が見たくて検索したり選択したものに限られており実は狭い。新聞のように、紙面を広げて見たくないもの・興味のない情報を満遍なく目通しすることが必要である。変化する時代に生きるということは、そう言った『情報の選択力』が望まれる。」

 

「ニュースは新聞で読む、ではなくて見る」と【コメントする力】で竹田圭吾が言っていた言葉のそれではないか。見出しのサイズや取り扱い方から記事を読み取ることで、「情報は縦組みと横組みで見よ」が行えるのであるというのが竹田圭吾流だ。

 

連合会理事長は、長男の奨学金申請面接でもお世話になったばかりか、その後事務室でお会いする機会があった時に、数ある母子家庭の中から「息子くん、はっきり覚えてる。凄い頑張り屋だった。」と褒めてくださったことが、今また思い出して感謝している。聡明で憧れだなと思う女性が、また増えた。自分は幸せ者である。

 

まとめ前に余談。

今日の新年の集いで、たまたま隣の席に居合わせた女性は、娘たちが転校する前の小学生で大の仲良しだった友達のママだった。転校後も会いたいって涙していたが、携帯もなく連絡が途絶えてしまっていた。これから、集まりで会う事が出来ると知って、私も嬉しかったし帰路そのことを伝えた娘たち、そりゃぁもう!大喜びしていたよ。

 

まとめ。

自分が種を蒔いてきたことは、例え貧弱な種で芽が出なくても、種さえ蒔いていれば、何年経とうが何かの花が咲くということ。今日ここにある自分が、数年前の自分が蒔いた種で出来ていることを自覚すれば、真面目に尽きると思った次第です。

 

 

竹田圭吾は51歳で人生の幕を閉じた。それは早すぎるだろうーと思うも、自分の年齢は既に長生きしたって折り返しはとうに過ぎて緩やかなカウントダウンが始まってると言える。明日生きているか、一年後どうかなんて保証も何もない。

 

人生のカウントダウンは始まっている。

「言葉」や「出会い」という種を丁寧に集めて、蒔いていく。プライドとか目先の評価も要らない。ひたすら必要な「言葉」「人」を集めて行こうと思った。

 

読了と共に、本日は実に濃い日であったと思う。

お礼を言えないあの方へ、「元気でいますから」と感謝を言いたい、届かないから言い続けて行こうと思う。