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デザインの仕事|シングル子育て|喘息改善|雑感_φ( ' ' )

幸せを思う時

初夏を飛び越して夏の暑さだった。近所のスーパーは駐車場満車でレジ待ち長蛇、レジなど窓口にあるビニルのカーテンの、異様さが日常風景になっている。レジ待ちソーシャルディスタンス、分からないお婆さんが間にひゅっと入って、後ろの人に咎められていた「後ろはあちらですよ」・・・自粛解除になってから、某所某地区でクラスター感染発生が早くも報じられ始めたが、明後日から娘たちは長い自粛を終えて時差登校が開始する。給食はなしの午前組。年度の学習要項は圧縮どうするのか、長女の高校受験スケジュールはどうなるのか、まだ分からない。

 

車のダッシューボードが熱い、娘ら用のアイスクリームが解けないか心配しながら、長女は昨夜、ずっと寝付けなかったと言っていたのを思い出していた。再登校を嫌がっている、どう寄り添うかは明後日からが本番にはなる。不安なのは、皆も同じなはずだ。カーラジオでパーソナリティーが先日も特集された絵本作家・五味太郎さんのインタビューについて紹介していた。「早くコロナ前に戻りたいって言うけど、じゃぁ、コロナ前は幸せだったかと逆に聞きたい。」と...そうなのだ。工夫しながら、コロナ前とは違う生き方を模索していく事になるけれど、そもそも、コロナ前が【あるべき日常】だったかと言われたら首を縦には振れない。

 

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急に暑くてバテ気味の老齢わん子

 

家に居る老犬わん子は、この自粛の中で、常に家族がいる幸せで嫌いな留守番をしなくて済み、ぬくぬくと寝て食べて、食べる量は同じなのに太ってきた。一時期、ガリガリに痩せてしまい今年持つかどうか、そんな心配はいらなかったほどの。今日は暑くてバテておりました。扇風機を出してあげないとね。

 

コロナ前が幸せだったかどうか、について。

この月末で非正規雇用やパートの失職は既に増えており。リーマンショックの頃と桁違いの大不況がやってくる。呑気に過去を懐かしみしている場合ではないのかもしれない。給付金がないと生き繋げられないが、給付金を得ると働く意義・意味、働き方も変化している中で価値観がよくない方へ傾きそうだ。給付金は、打ち出の小槌ではない。未来の子供達への負債でもあり、自分が理想とする「老後ゆっくりと」が望めるかどうか、など。

  

クーラーの壊れたボロい中古車で帰路も自宅に近づいたところで、また思う。自分が「幸せだな」と言う瞬間である。娘ら、わん子の必要な食材を買い帰路に着く時。シングル子育ては、先の不安は大いにある。受験対策だって十分にお金をかけることはできない。けれど、子供が必要なものを買うお金があって、生活が守られていて、帰る家があること。贅沢品も要らない。幸せだ、と思う。