家郷(パトリ)-1-
やってみれば、コトは簡単だったのかもしれないー。
あたしは一瞬振り返り、肩越しに「家」を見て微笑んだ。
歩を進める足にはもう迷いはなかった。
真っ直ぐ一本道を、東へ歩いて行った。
右も左も見渡せば、収穫後の土くれたビート畑ばかりだ。
畑の彼方より東西南北、ぐるりと山々が囲う平凡な景色。
・・・どうせ、逃げる場所なんてないのに。
・・・でももう戻るもんか。
今日限り、「家」から出てやる。
少し傾いた陽光が、紅葉の山肌をオレンジ色に染めていく。
ゆっくりと撫でるように、空ごとオレンジ色に染め上げる。
あたしは、オレンジ色を背中に受けながら東へ、東へ、
空が濃く深くなる方へと更に強く、歩を進めた。
「これが家出、なのか。」
ちらりと振り返って、小さくなった「家」の窓を確認した。
あの部屋の窓からは、小学校が見える。
仮病を使って学校を休んだ日は、部屋の窓からただぼんやりと校舎の窓を眺めたりなどしたっけ。満月の夜には、月の光が部屋の中央まで垂れてきて、部屋の隅に潜む闇がただ怖かった。
・・・もう、「家」に帰るコトはないんだ。
何も考えたくないのに、まだグルグルと頭の中を迷った。
・・・でも、どこへ行こう。
家を飛び出したのは発作的だった。
せめて小銭かき集めて財布ぐらい、持ってこればよかった。
ポケットを探ると、いつ入れたか知れない飴の袋がひとつ、指に触れた。
ひとつ、後悔している。
犬のロキを、連れて来るべきだった。
あの子はあたしと同じで、あたしだけしかいないのに。
ロキ、サヨナラも言えなかったなんて。
どくん、と心臓が鳴った。
「どうしよう・・・。」
一瞬、戻ろうか迷って。立ち竦む。
そうして、ぼうっと突っ立っていると、道の向こうから、見覚えのある小さな白い車がこちらに向かって走って来る。あの車は、たまに遊びに来てくれる親戚のお姉ちゃんだ!無邪気に笑って、お姉ちゃんは車の窓から声かけてきて「シュークリーム好きでしょ?お土産買ってきたよ、食べない?」そう言うとお姉ちゃん、真っ直ぐ後方の「家」へ向かって車を走らせた。
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あたしは、ぱちん、と両手で頬を叩いた。
うん!家出は、また今度にする!
お姉ちゃんの車を追いかけて走りながら、心はどこか晴れていた。
・・・シュークリームに負けた。
・・・でも今日はもう良いんだ。
走るあたしの頬は西陽のオレンジ色を受けて、
オレンジ色の涙がひとつぶ、
弾けて後ろに飛んで行った。
帰ろう、今日はロキの待つ「家」へ。
続く。
※ボツ原稿の掘り起こし。リライト練習記録用。