ÜNDYism

デザインの仕事|シングル子育て|喘息改善|雑感_φ( ' ' )

残り9年分のパスポートを残して彼女は空へ旅立ってしまった。

仲間が、亡くなりました。

どうしてこんな時くらいしかブログを書けないんだろう自分は。

 

先日、仕事中に危篤の知らせを受け、撮影無事終えてから病院へ駆けつけた時には、もう意識がありませんでした。でも、絶対聞こえると思って無茶苦茶に来年に向けたイベントの話、一緒にやろう見に行こうって話しかけました。一年前のちょうど今頃、肺がんだと話を聞いて驚きました。自分も年末喘息発作やらかして入院する始末でしたが、お見舞いに来てくれたことや、退院後体力落ち込んでいる自分をよそに彼女は、抗がん剤治療受けながらどんどんパワフルに活動している。GWに「グアムへ行く!」と聞いたときは「まじか!」と驚いた。その頃から負けてられない、と本気で体力つけに毎日走りストレッチをするようになった。春から秋まで続く過酷なイベント三昧の業務も、気がつけばやりきることが出来た。ひとえに、彼女の頑張り、何より笑顔に支えられて勇気もらって今の自分がいる。

 

昨夜のお通夜、本日の告別式を終えて、彼女は骨という形になってしまった。彼女の笑顔そのままの様な、明るいオレンジの箱の中に今頃入っている、形としては。

 

人は2度死ぬ、という言葉を自分なりに大切に思っている。形としてはこの世からいなくなる。それは温もりを再び触ったり声を聞いたりする事は出来ないけれど、自分が生きている間、彼女のことを決して忘れず生きている限り、彼女は死なない。そう信じることにしている。だから自分の肉体という塊の内側には、これまで見送ってきた人たちが少しずつ、入っていて自分の心が朽ちるまでは忘れない様にしようと思っている。いつでも思い出せば会えると信じて、彼女が生きていたら見たかったであろうこれからのイベントや、食べることが大好きだった食べることを大切にして、日々力強く生きなければならない。自分の肉体が朽ちた時、全て綺麗に死んで無くなることなはく、やはり悲しみとなって大なり小なり、誰かに継がれていくことで2度目の完全な死は訪れず生は連鎖されていく、と考えている。信仰とは違う信仰に近い、自分を納得させる倫理が必要だから仕方がないんだ。

 

彼女は食べ物の写真を撮ることが好きだったので、一緒の写真はなくて、一緒に食べた自宅BBQの写真しかない。肉肉しく逞しく生きるに相応しいかもと思って、振り返り貼っておこう。

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GWに「グアムへ行く!」と聞いて「まじか!」と驚いた話には昨日知った余談があって、旅行に向けてパスポートの更新をした時に10年パスポートで更新したことを知って、どうしようもなく泣いてしまった。彼女は、辛い治療の合間にも諦めていなかったことを、思い知らされた。次はご主人とどこへ旅行するか、先の希望があったことが強くてまっすぐで、これでまた泣こうものなら「メソメソしちゃダメだよ!」って彼女の声が聞こえてきそうである。

 

残り9年分のパスポートを残して、

彼女は空へ旅立ってしまった。

長い長い旅である。

人は必ず100%死ぬので、

それまでどう生きるか。

 

わかっていた、覚悟していたけれど哀しい。

感謝を常に忘れずに生きなければと思う。