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ニセモノではないけど、

「ここにはほんとうのことがかいてあり、ほんとうのことをかいたりしてもいいのだと、私は衝撃を受けました。ほんとうの事をこわがるようではニセモノだ、と、私は自分を叱咤しました。」/江國香織【生きる気まんまんだった女の子の話】「だって、誰かをコッコロから好きになっちゃったりしたら身の破滅だもの。孤独が大事なの。知ってるでしょう?百万回も死んで、百万回も生きた立派なトラ猫の話を...」

今日は江國香織さんの短編を読了のみ【生きる気まんまんだった女の子】は愛そうが愛さまいが孤独だった。老婆となった女の子が、墓参りで背中を丸めて。木枯らし風が通り、自分の目尻を濡らした感覚になった。

 

一生好きな本のひとつに「100万回生きたねこ」があります。誰からも愛されて育ったねこは、誰も愛さない。100万回死んで生き返った立派なトラ猫は、美しい白猫と出逢い、結婚して子猫を育て上げ、老猫となって息を引き取った白猫を抱えて一晩中泣いて泣いて、トラ猫は死にました、生き返ることはありませんでしたというお話。

100万回生きたねこ (講談社の創作絵本)

100万回生きたねこ (講談社の創作絵本)

子供たちにも読み継がせたので、わが家の「100万回生きたねこ」は背表紙が禿げてボロボロですが、読む時代によって読みとる感受性が変わる良本。

 

愛しても孤独、愛さなくても孤独。

だったら愛さない方が傷つかない、

っていうのはやはり違うのかもしれない。

 

では本当の話を書くとして、

「君しかいない」って愛を誓ったはずの男と、女は離婚する決意をして別れた。幼い子供と父親、面会2回目から新しい女性を同伴させる状況ってどう物語にすれば良いだろう?その女性と、立派なお家に新しい家族を築きましたとさ...女は子供たちを育て上げ、そのさきは?「愛さない女の子」のそのさきは?

 

今日髪を切ったことで「女を捨てたね!」って冗談言われたの実は本心だったっぽくて、どうも自分は孤独でみっともない生き方をしているかもしれないぞ、と思った。

 

思ったけど、

人生は短い借り物競走で、何かを成そうとも成さずとも、ひっそり生まれてひっそり死んでいく渦の中にあった方が良い。借り物競走は、アンパンが出たって「カッコいいお父さん」とか無茶振りなお題が出ても全力で滑稽に走ればいい、バトンタッチする日(死ぬ日)まで。

 

ちょっと微熱出てきました。

そんな状態でブレイク読みする本ではなかったかなー。

 

100万回生き返るとしたら、

今は何回目(何万回目?)にいるのかねぇ