memorandum

逆さま思考な備忘録_φ( ' ' )

「忙しくせずにめしが食えるためには、なにをするべきか?」

・ある時代の「社会の時間感覚」は、
 その時代の大きな産業の商品が、
 生産されて消費されるサイクルを基本にしている
 …これも、吉本隆明さんの受け売りですが、
 そのことを聞いた時代からさらに進んでしまったので、
 どうなっちゃうんだろうと思っているんですよね。

 ひとつの考えとして、しばらく前だったら、
 自動車がつくられて買われて運転されるまでに、
 どれくらいの時間がかかるかが、
 社会の支配的な時間感覚をつくっていたことになります。
 もっと昔だったら、米が種もみとして蒔かれて、
 稲が刈り入れられ米になって人の食卓にのぼるまでの、
 長い時間を基準にして、忙しいだの暇だのについて
 感じていたということになるでしょう。
 ところが、いまはデジタルの時代であり、
 すばやいサービスの競争が主要産業になっています。
 ソフト開発にかかっている時間は別にするとしても、
 アマゾンの倉庫に商品が入って、ネットで注文され、
 お客さまに届くまでというサイクルを考えると、
 稲作時代の200倍くらいの速度になっているでしょう。

 つまり、いまの時代って、
 モノがつくられて消費されるまでの時間じゃなくて、
 コンピューター上のプログラムが、情報を処理する速度を
 もとにして、人間たちが「速いだの遅いだの」と
 感じるようになってしまっているということかよ、です。
 そりゃあ、みんなのこころが、「いつも忙しい」とか
 「ああ間に合わない」になるに決まってるわけですよ。
 あらゆる人間が、「遅いぞ、わたし!」
 という感覚になっていると言っていいんじゃない?
 もうさ、社会の時間感覚が「無理」のレベルにあるのよ。
 だから、運送とか、人間の動きを必要とするところで、
 人手不足が問題になっているのは、当然ですよね。

 時間感覚を、昔に戻せとか言ってもはじまらないけど、
 いまは「無理な時間のなかに生きている」と思って、
 その異常から外れたところに「大事なこと」があると、
 そこらへんの意識を持つことで、生きにくさから脱し、
 あらたな生きやすさを見つけやすくなる…気がします。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
忙しくせずにめしが食えるためには、なにをするべきか?

 

ほぼ日刊イトイ新聞

 

アーカイブされない「今日のダーリン」記録です。

もうね、自分の心に今欲しかった言葉そのままだったので。。

糸井重里さんの言葉にこれまで何度も、ふっと掬われる瞬間はあったけれど、昨日のは沁みるものがあった。今回の入院で、農家である実家総出で色々助けられ、食卓に上がる手料理のありがたさ。モノづくり、デザインの仕事をしていたけれど、人間の本質である大切なものを忘れていたんだよなぁ、、

 

汗びっしょりで寝落ちて、

早朝窓が暗いうちから目が覚めてしまい、

仕事どころか、日常家事がリハビリみたいな有様で、

仕事のやる気が出なくて、ちょっと呆然としている。

 

仕事で達成すれば、要するに収入が安定し、

けっこう得意な分野がない自分にとっては、

今の仕事で食って、子供たちを育てなきゃと焦ってたんだよ。

老後だってコレで食って自立していかなきゃならないぞと...。

 

どんどん便利になるデジタルツール。

デザインしたものが入稿&出力されるまでのスピードも、

この数年、いや1年単位で見てもどんどん早まり。

「デザインする」だけでは食えないので、

フォローする為のサービス業務もどんどん増えて、

デジタルスピードに人間が叶うはずもないが、

スピード便利さに甘えて膨らんでいく要求...

「常に時間がない」「自分が遅い」「やること積算」

悪循環ループに陥って自分は仕事できない、

そう思って焦ってたねぇ。

 

「忙しくせずにめしが食えるためには、なにをするべきか?」

 

頑張らないとか、そんなんじゃなくて。

不労所得で稼ぐ、そんなんじゃなくて。

 

日常は、もっとゆっくり愛でるべきもの、

本質を忘れたらまたしっぺ返しにあうよ。

 

置き去りにしていたことやら田舎娘の本質が目が覚めて、

実はけっこうワクワクしている。

 

 

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