memorandum

逆さま思考な備忘録_φ( ' ' )

完納ゴール、まだ。

なかなかに、正直厳しかったです。

2ヶ月かかってすべきタスクを「2週間で完納」の要請に応えるべく駆け抜け始めたのは先月末週から。備忘録には向き合う時間すら惜しかった。...その間に、ヘルニア犬は何度も危篤に。見守りたい一心で様子を伺うから慢性的な寝不足、...そこへ雪まつり現場で体力使ったり。でもそこまでなら想定どおり頑張れるな!完納ゴールを楽しむつもりだったが、予定外は起こるのである。失落するような出来事が。

辛辣ではあるが、たった一人、もうお会いしたくないぜと言うお方がいる。でも、どうしたって自分の人生にとって真っ赤っかな他人ではないので、関わらなければならない時がある。...それがなぜ、今時期なのさ。悩む息子が心配で昨日「ちょっと会おうよ」的な時間を捻出して会いに行ってきた。相変わらず息子のストイックなところは心配なのである。

会って話して思ったことは。

自分が10代後半当時に立ち返ると、痛いほど息子の気持ちがわかる。要するに、親って何もわかってない。むしろ害である。自分の世界が大切すぎて、親への感謝を慮るほど視野は広くない。似ているところは、本当に嫌だなって思うよな。

だから私は、何も言わない。

自分で考え進んだことでしか、失敗しようが学べない。何ぞあったら駆けつけるぜってことだけ。普通の家庭環境って何だろう、と言う疑問符はその理想的な偶像を知らないので、与えることが出来ずにいる。本当、すまない。

でも、諦めなければいいと思う。人とは違うところを、愉しめばいいと思う。楽観できないし人生は交換できないけれど、やっぱり自分で良かったなって思う時が来るはずだよ。いつ、報われるか。それは3ヶ月後かもしれないし、1年後かもしれないし、10年も20年もかかるかもしれない。

「ゴールだ!」って思ったら、ゴールラインは更新された。

「疲れるなぁ」って思うがその先は、もっと高い成功峰だ。

頑張ろう。って結局は自分に言い聞かせる。

 

  

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※恒例ラーメン

 

 

何度も、何回も「彼方の世」へ瞳が差し掛かったように死の淵を行き来するヘルニア犬が、まだ生きている。「頑張って生きろ」とも「もう頑張らなくてよし」とも言えない狭間で「ただ、生きることの尊さ」をこの子から学ばされている。

 

月並みな言葉かもしれない。

でも、「生きろ」

それだけで希望だなって思う。

 

頑張り抜いて生きるヘルニアわん子が死する時、

失うことで見なければならないもの、が少し怖い。